夢小説の魅力は何と言っても、自分の名前でストーリーを楽しめるところかな。好きな世界観を持つ小説や、興味津々のストーリーに自分の名前が出てくると、普段読む小説の何倍も何十倍もリアルに感じられる♪

普通の日常

もし、何かひとつ願い事が叶うとしたら何をお願いするか。このやり取り、友人同士でやったことがある人も多いのではないでしょうか。小説やテレビの中では色々なミラクルが起こり、それがなければ先に進まない!というようなこともあるのですが、現実にはそのようなことはまず滅多に起こりません。日々のリアルを精一杯生きることでさえ一苦労なのに、有り得ない想像をしてなんの意味があるのか。時にはそんなやさぐれた考え方をしてしまうこともあります。
ドラマのような出来事や、小説の中で巻き起こる珍事にもし実際に自分がぶち当たったとしたら、果たして対応出来るのかと聞かれたらとても微妙です。何事も起こらない淡々とした日々を粛々と過ごしていけるということが、実はこの上なく幸せで贅沢なことだということを、私たちはついつい忘れてしまいがちです。
そういったささやかな日常の中に居てさえも、小さなことで喜んだり悲しんだり、こんな問題乗り越えることなんて出来ないと諦めたりしてしまうのですから、例えばもし今目の前に隕石が落ちて来たら、怪獣や神様が現れたら…どうなってしまうのでしょうね。
今ある現実をまず本気で生きていくこと。そこが何よりも大切なことで、非日常的なスパイスは小説や映画から補給していきたいと思います。

動物と人間

盲導犬や聴導犬の存在、アニマルセラピーという活動などなど、動物はいつの時代も私たち人間に寄り添い、時に導いてくれています。動物の持つ癒し効果たるや絶大で、猫を撫でると血圧が安定するという話も聞かれます。
そのような動物の本もたくさん出版されており、時々利用する町の図書館にも、動物の実話を元にした本がたくさんあります。先日、その中から一冊を借りて読んでみました。
保健所に収容され、いわゆる殺処分を待っている状況の犬や猫たちの中で、ほんの一握りかもしれませんが奇跡的に新しい飼い主と出会い、殺処分を免れるというケースがあるようです。中には人間から虐待を受けたりひどい扱いをされてきた子も多く、保健所から助け出されたとしても再び人間に心を開くことが難しいということも多いのです。
命は平等ではないのだということに、保健所や殺処分という行為により気付かされるのです。売り買いされる命も、捨てられる命も、暖かい場所で穏やかに終わる命も、思えば私たち人間が左右し決定しているというのが今の社会であり、今の現実なのです。
ペットショップで飼うことが悪いのではなく、保健所で殺す人が悪いのではなく、もっと根本的なことを考え直し、人間と動物の共存共栄ということはどういうことなのか。そういうことを考えるきっかけのひとつとして、動物の事を知るために本を読むこと、知識を得ることは大事なのだと思うのです。

図書館のような部屋が欲しい!

本好きにとって、憧れの空間の一つに図書館があるのではないでしょうか。しっかりとした本棚、たくさんの蔵書…。ルールの中にある静かな空間…。どれをとっても、図書館の魅力は尽きることがありません。そして、一度は図書館のような部屋が欲しいと思うのではないでしょうか。
有名人などで本が好きな人の書斎をテレビで観たことがあります。壁一面の本棚に加えて、広い室内には整然と背の高い本棚が並べられていました。そう、まるで図書館のようなのです。きっと、この人も本好きが高じてこんな書斎を作ったんだろうなー、と共感の気持ちが湧いてきます。自分の家の中に、キレイに本が収められた部屋があると、それだけで幸せそうだと思うのは私だけでしょうか。
今は、小さな部屋に小さな本棚が少し置かれているだけの部屋で過ごしています。いつか、このまま本を増やし続けて立派な本棚と広い部屋を手に入れたいなと思っています。本は読むためのものですが、数多くの本に囲まれるというシチュエーションもまた憧れです。収められた背表紙を眺めながら選ぶ楽しみ、読み終わった本に思いをはせる楽しみを胸に、今日もまだ少ない蔵書を眺めるのでした。少しずつ買い足して、夢に近づいていきたいですね。

一冊集中派?それとも…?

本読みにも、いろいろなスタイルがあると思うんです。
全く雑音が無いところでないと集中できないとか、つい寝っころがりながら読んでしまうとか…。
私が最近、自分のそんなスタイルがあると思ったのは、複数の本を同時に読み進めるというものです。私は、どうやら一冊の本を読み終えてから次の本にとりかかるということができないようなのです。小説でも漫画でも、たとえそれが雑誌でも…。途中まで読み進めておいて、別の本を読み始めます。また、その本をある程度まで読み進めたら、最初の本に戻ることもありますし、さらに別の本に手を出すこともあるのです。結局、一度に3冊くらい読みかけの本があるわけですが、どれも平等に読み進めているようで、読み終えるのがだいたい同時になります。
まれに、本の内容によっては一冊に集中して読むこともあるでしょう。けれども、気が付いたらこのようなスタイルになっていました。
友人などに話すと、「あるある」と共感されるものから、「信じられない」と反対派までさまざまです。他にもいろいろなスタイルはあるかと思いますが、本を大好きで読んでいることに変わりはありません。これからも、自分の好きなスタイルで本を読み続けていきたいですね。

山に登ってみたい

忙しい社会人にとって、趣味を持つことは難しいかもしれませんが、そんな人にこそ息抜きは必要で、自分の為の時間があるということが大きな意味を持つのではないでしょうか。
趣味と言っても実に様々ですね。映画鑑賞や音楽鑑賞、読書などもいいですが、最近はすっかり運動と縁のない生活を送っているので、何か体を動かす趣味を見つけてみようかなと思っています。
そんな私ですが、実は今少し興味を抱いていることがあります。それは「登山」です。きっかけは、登山を題材にした小説を読んだことからです。そこに表現されている風景や臨場感、登山用具一式の説明など、すべてが私の知らない世界のことだらけで、とても魅力的に感じられました。
山に咲く鉱山植物の美しさや、山で食べる食事のこの上ない美味しさ、山で出会う人たちとのコミュニケーションの取り方やマナー…読めば読むほど興味をそそられます。空はどこまでも空らしく大きくあり、何者をも拒まない山という大きな存在に触れてみたい、と思うのです。
ですが、思っただけで簡単に登れるほど優しくはないことも事実のようです。登ると決めたらそれなりのトレーニングが必要になってきますね。ただでさえ運動不足に加え、出来るだけ動くことのないようにグータラな日々を送っている今の状況から少しずつ脱却を図りたいと思います。まずはそこから始めなければなりませんね。

作家さんの日常に憧れて…

たまに、本の紹介をメインにしたテレビ番組を見つけると嬉しくなります。最近ではチャンネル数も増えたこともあってか、さまざまな趣旨の番組が作られるようになりました。単に本を紹介するだけでなく、作家本人がゲストとして出演することもあります。本の紹介だけでなく、作家のプライベートな話を聞き出すような趣旨であれば、私はぐっと興味をそそられます。ムックなどで作家の特集があり、作家のプライベートまで語られることもありますが、それはあくまでも紙面上の話です。作家が動き、自分自身などについて語ることってあまりないと思いませんか。
中には作品のことだけで終わってしまうこともありますが、作家の口から実際に語られるなんて講演会か書店のイベントの機会でしかありません。作家の口から語られる日常…。例えば、夕方には必ず近所の喫茶店で読書をするとか、実はスポーツクラブに通っているなど。一般人でも同じことを行っている人はいるでしょうが、憧れの作家であれば何か画になるような想像が掻き立てられるのです。「今度、私も夕方には近所の喫茶店に行ってみようかしら」などと、感化されやすい私はすぐに思ってしまいます。そんな日常のなかから、物語が生まれたり、作成されたり…。物語と連動しているからこそ、作家の日常は憧れが出てくるのかもしれませんね。

好きだった人からもらった家電

普段はインスタントコーヒーを飲むことが多いんですが、時々ドリップコーヒーが飲みたくなって豆を買ってきてコーヒーメーカーを掘り起こして使います。時々しか使ってあげないのでほこりにまみれたかわいそうな子なんですが、思い出の品です。
コーヒーメーカーをくれた人は、本を読むのが大好きな人でした。実は片思いしていた相手だったんですが、一度だけその人のお宅に泊めてもらったことがあるのです。壁を埋め尽くすような本棚と、居心地の良い空間づくりに関心したのを覚えています。とにかくその人は「読書が快適にできる空間を」をコンセプトに自分で棚を作り、地震が来ても本が落下しないように工夫をし、さらに圧迫感が生まれないように本棚以外の家具は全て膝より高い位置に来ないように工夫していました。なので、図書館のようなのに広々と感じるという不思議な空間だったのです。
泊めてもらった時も、朝まで彼の好きな作家についてのうんちくを聞き、おすすめの本を読みながらお酒を飲みかわし、本の内容で泣いたり笑ったりしながら過ごした記憶があります。いつの間にか寝てしまって、ふとコーヒーの良い匂いで起きると、彼は既に起きてゆっくりとハンドドリップしたコーヒーを味わいながら読書をしていました。その姿を見ていたくて、寝たふりをしながら薄目で観察していたのはいい思い出。
その時、淹れてくれたコーヒーがおいしいから、また飲ませてくださいと後日伝えたら、彼が愛飲している豆とコーヒーメーカーをプレゼントされたのです。これって、「家にはもう来ないでね」なのかなあとがっかりして、それ以来連絡もしていないんですが…元気なのかなあ。久しぶりに連絡してみようかな。

ハンクラに挑戦してみようと思っています!

友達が最近ハンドクラフトにはまっているらしく、いろんなものを作っては見せてくれます。先日は、金属製のストールピンにかわいらしいチャームがついたものを付けていて、聞いてみるとそれも作ったのだそうです。パーツは買ってくるだけだし、私は部品同士をくっつけるだけだから誰でもできるよ!と笑っていましたが、こういうのはパーツを選ぶのにもセンスが光ると思うんですよね。
最近はそういったハンドクラフトの本もたくさん出ているようで、本屋さんの手芸コーナーや手芸屋さんの本のコーナーに行くといろんなものがあります。例えば同じストールピンの作り方を紹介している本でも、使っているパーツが違っていたりするので、内容を確認して自分が入手しやすいパーツを多く使っているものを選ぶのが長続きのポイントだそうです。確かに、本に載っている材料がそろわないともうそれだけでやる気をそがれてしまいそう。料理もそうですけど、どこにでも売っている調味料や材料、どの家庭にもあるものだけで作れるかどうかって結構重要ですよね!
私もやってみたいけど、どれが手に入る材料でどれが手に入りにくいものなのかわからないから困ると話したら、友達がお休みの時に予定を合わせて一緒に見に言ってくれました!テキストになるレシピ本探しと、最初の何作品かを作れる材料を買う予定です。楽しみ~。

文学賞ってどこまで知られているの?

小説好きには、文学賞ってなじみのあるものではないでしょうか。たとえ、自分が応募しなくても、読書傾向によっては「あの文学賞出身の作家は面白い」なんて、注目している文学賞があるかもしれません。今はインターネットだけで募集している文学賞もあり、なんと最優秀賞を決める前に最終選考に残った作品を見ることができるものもあります。新人賞であれば、その前から作者を知っていると、何だか自分が育てたような不思議な気持ちになることがありますよね。
ところでこの文学賞、どこまでが一般的によく知られているものなのでしょうか?例えば、すでに書籍化している作品が受賞したりすると、作品そのものにはもちろんのこと、同じ作者の他の作品にも「○○賞受賞!」といったオビが巻かれます。私がよく目にするのは、直木賞と芥川賞、江戸川乱歩賞、ノーベル文学賞かなと思うのです。他にも、有名な文学者の名前を掲げた賞がありますが、実をいうとちょっとわからない賞もあったりします。
テレビなどで報道される賞であれば、オビに書かれていると泊がつくように感じますが、マイナーな賞ですとどんな内容の小説なのかと、ちょっとためらうことにもなってしまいます。文学賞はひとつのステータスかもしれませんが、知名度も大切なんだなと感じました。

読書好きが喜ぶプレゼントとは?

誰かに何かをプレゼントしたいと思う場合、まずはその人の趣味や興味のあることを思い浮かべるのではないでしょうか。
相手の趣味が読書という場合、読書グッズを連想する人がほとんどだと思います。ブックカバーに栞、ちょっと変わったところでは開いた本に挟むことで、本が開いた状態をキープしてくれるというクリップなどもあります。
また、自分が面白いと思った本をプレゼントするという選択もありますよね。話題の本も良いかもしれません。自分も読んだ本を、相手も読んでくれると、また共通の話題が増えて楽しいものです。
一方で、当の本好きな人とはといえば、意外なところからの図書カードのプレゼントにとても喜ぶという経験があるようです。図書カードは読者カードのお礼だったりすることもありますが、何かのお詫びの品に登場する確率も高いのです。金券に変わりはありませんが、たとえ500円でも読書好きにはてっても嬉しいのです。少しお金を足せば、文庫本一冊を買うことができます。もらった瞬間に、頭の中では欲しい本が数冊リストアップされるという本好きさんも珍しくはありません。
本があって、それを読めば読書になりますが、快適な読書を行うために便利なグッズがあるのです。趣味の一つだからこそ、プレゼントする側もされる側も楽しんで選んでいきたいですよね。